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米国で見て聞いて考えた、大統領選

最近、北米の西海岸を旅し、サンディエゴからロサンゼルス、シアトル、バンクーバーまでの風景を楽しみました。サンディエゴはメキシコの国境に近く、見られる木々は南国グアムを思わせるようなイメージです。一方、米国の北部に位置しカナダに近いシアトルでは、針葉樹が多く見られます。日本も南北に長く、北海道と沖縄では異なる気候ではありますが、米国の広大さはやはり日本とは異質な印象です。
今回は、米国の大統領選挙について、旅の中で見聞きしたことを交えながら書いてみたいと思います。


1. 米国の大統領選挙

米国の大統領選挙は11月の第1月曜日の翌日(今年は11月5日)に行われます。
全米の総得票数で勝者が決まるわけではなく、各州で最も多くの票を得た候補者がその州の選挙人票を全て獲得する「勝者総取り方式」です(メーン州とネブラスカ州を除く)。
全米50州とコロンビア特別区(首都ワシントン)に割り振られた選挙人の総数は538人で、過半数の270人以上を獲得した候補が当選者となります。
現行の各州における選挙人数は2020年の国勢調査をもとに決定されました。
選挙人の数が最も多いのはカリフォルニア州の54人で、次にテキサス州の40人、フロリダ州の30人と続きます。逆に数が最も少ないのはアラスカ州、デラウェア州などの6州とコロンビア特別区(首都ワシントン)の3人です。
これらの選挙人は12月に集まり、州での結果に従って大統領と副大統領に投票します。
その後、1月に新しい大統領が議会で認証され、1月20日に正式に就任することになります。

2.民主党と共和党

A)民主党と共和党の特徴

民主党と共和党の一般的に言われる特徴をまとめたのが図表1です。
図表はわかりやすいのですが、全てを語りきれない難しさもあります。
以前、民主党は「貧しい人たち」の党、共和党は「裕福な人たち」の党というイメージがありましたが、最近ではそれが逆転し、民主党はエリートの党、共和党は労働者の党になったとも言われます。
いわゆるトランプ旋風は、ラストベルト(錆びた工業地帯)の非大卒の製造業労働者が民主党から共和党に流れた現象として説明されることが多いでしょう。

B) 青い州と赤い州

民主党が強い州は青い州、共和党が強い州は赤い州と言われますが、図表2はジェトロ(日本貿易振興機構)が2020年の選挙結果に基づいて、民主党が勝利した州を青、共和党が勝利した州を赤で色分けして作成したものです。
また、米国主要メディアにおいて本年大統領選挙の激戦州として挙げられている、アリゾナ、ネバダ、ウィスコンシン、ミシガン、ペンシルベニア、ジョージア、ノースカロライナの7州については紫色で網掛けされています。
「激戦州」は選挙のたびに勝利が変わりやすい州のことです。
この中でも特に重要なのは、いわゆるラストベルト(錆びた工業地帯)に位置するミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニアの3州と言われています。
これらの州では伝統的に民主党の支持者が多く、2012年の大統領選挙ではオバマ元大統領が圧勝しています。
しかし、2016年の選挙では3州ともにトランプ前大統領が僅差で勝利し、2020年の選挙ではバイデン大統領が僅差で勝利しました。
この3州は、民主党のイメージカラーにちなんで「青い壁」とも呼ばれています。勢力図が固定化している州に加え、こうした激戦州の票をいかに積み重ねるかが、選挙結果を左右する鍵となります。

 C) 労働者の日の出来事

私が米国にいた9月2日(月)はレイバーデー(労働者の日)でした。米国の大統領選挙は、この日以降、本格化するのが慣例となっています。
この日、民主党のハリス大統領候補はバイデン現大統領とともに、ミシガン州デトロイト、ペンシルベニア州ピッツバーグで開催された選挙集会に参加しました。
デトロイトでは自動車労組を前に「労働組合が報酬、手当、安全な労働環境など労働者の権利を守るために重要な役割を果たしてきた。
(レイバーデーの)今週は組合員でなくても組合員に感謝すべき。」といった内容を語りました。
また、ビッツバーグでは、「鉄鋼大手のUSスチールは国内で所有、運営され続けるべきだ」と述べ、日本製鉄による買収計画に反対の意を表明しました。
先ほども書いたように、元々、民主党はブルーカラー労働者に支持され、共和党は白人層に支持されてきましたが、トランプ氏の登場以降、ブルーカラー労働者の支持が共和党に流れ、白人層の支持が民主党に流れる傾向が見られます。
今回のレイバーデーにおけるハリス氏の行動は、11月の大統領選挙に向け労働者票の支持を固めるための動きと言えるでしょう。
この日、トランプ氏には特に動きはありませんでした。

D)青い州、赤い州にも変遷がある

現在の青い州、赤い州にも変遷があります。例えば、農業地域であるカリフォルニアは1950~1980年代にかけては赤い州(共和党)の傾向が強かったと考えられますが、IT産業の発展や移民の増加、都市化の進展などにより、政治的にリベラルな「青い州」に変化していきました。
一方、ミシシッピやアラバマなどの南部の州は、南北戦争の影響で長い間共和党に対する嫌悪が強かった地域ですが、現在では共和党の強固な支持基盤となっています。
1960~1970年代にかけて、民主党政権が公民権法を推進しリベラル色を強める一方で、共和党のニクソン(1969-1974)やレーガン(1981-1989)が白人保守層の支持を集める戦略(それぞれ、サザン・ストラテジー、ニューライト)を取った結果によるものです。

E)カリフォルニアは民主党?テキサスは共和党?

ロサンゼルスにいた時、「カリフォルニアは民主党が強い地域ではあるが、トランプ前大統領がコロナ禍に行った個人・世帯への直接給付や失業保険の拡充に魅力を感じた人は多い」という話を現地の人から聞きました。
確かに、トランプ前大統領時代の2020年3月に署名された「CARES法:Coronavirus Aid, Relief, and Economic Security Act(コロナウイルス支援・救済・経済安全保障法)」は、総額約2兆ドル規模の経済対策パッケージであり、個人・世帯への支援策として、成人に最大1,200ドル、未成人(17歳以下)に500ドルの給付金を支給するものでした。また、失業保険に関しては、各州からの給付に加えて、1週間当たり600ドルの追加給付が支払われました(7月まで)。
その後2020年12月に署名された「新型コロナウイルス追加経済支援法」は、総額約9,000億ドル規模の経済対策パッケージであり、成人・未成人を問わず1人当たり最大600ドルの現金給付や週300ドルの失業保険の上乗せ(2021年3月14日まで)が行われました。
ただ、バイデン大統領も2021年3月に、新型コロナウイルス対策のための「American Rescue Plan Act 2021(米国救済計画法)」に署名し、成人・未成人1人当たり最大1,400ドルの現金給付、週300ドルの失業保険の上乗せ(2021年9月末まで)が為されたことを考えると、(先ほど書いた現地の人の)「発言の真意はどこにあったのか?」と不思議に思ったことも確かです。
また、今回の旅とは関係がありませんが、1年ほど前にテキサスに住む知人から聞いた話も印象的でした。
テキサスではここのところ、ヒスパニック系をはじめとして、他州や他国からの人口流入が増えています。
また、広い土地、比較的安い地価、税制面での魅力、そして東西の中心に位置するという利便性から、ハイテク業種をはじめとして多くの企業が移転してきているという話もよく耳にします。そのため、これまでの人口構造に変化が見られるようになり、こうした変化は、赤い州で共和党を支持してきた人々からは、戸惑いとなって受け取られているようです。

F)報道ではわからない真実

「米国では左右の支持層それぞれの好みに合わせた情報の提供が行き過ぎ、『事実関係を冷静に中立的に伝える』という客観報道の原則を揺るがせている」という、現代米国政治を専門とした教授の意見を聞いたことがあります。
今回、現地でも同じようなこと、すなわち、「ハリス氏とトランプ氏、どちらが優勢なのか報道からはよくわからない」といった話を聞きました。具体的にはCBSなどは民主党支持、FOXは共和党支持といった具体に、例え同じ事実であってもメディアによって伝え方が異なるのだそうです。

3.インフレがもたらしたもの

A)米国の株価

図表3は、米国の主要株価指数であるNYダウとNASDAQ総合について、コロナ禍が始まったとされる2019年12月以降の推移を表したものです。
急激なインフレとこれを抑えようとするFRB(米国連邦準備理事会)の利上げの継続により株価が下落する局面も見られましたが、その後は、マグニフィセント・セブン、生成AIなど技術革新への期待などにより、株価は大幅な上昇を見せてきたと言えるでしょう。

B)賃金上昇率と物価上昇率

「株価も大きく上昇してきたことだし、米国で暮らしは良くなったのではないか」と現地の人に聞くと、「(株価の上昇などにより)裕福な人はより裕福となり、貧しい人は更に貧しくなった。貧富の差が拡がった」と言われました。
「インフレが厳しく、賃金がこれに追いつかない状況が続いた、実質購買力が明らかに低下したのだ」と訴えます。
図表4は、対前年の物価上昇率と賃金上昇率を表したものです。平均時給が対前年で大幅上昇、その反動を受けて大幅下落したコロナ禍の混乱がありましたが、その後の2年ほどはやはり、インフレが凄まじかったことがわかります。

今回訪れたシアトルでホームレスが非常に増えていることにとても驚きました。
帰って調べてみると、シアトルは冬でも零度を上回る日が多い温暖な気候であり、また民主党地盤からか当局のホームレス関連政策も比較的寛大といったことが、多くのホームレスが詰めかけてきている理由となっているとありました。

4.ハリス氏とトランプ氏の政策の違い

図表5はハリス氏、図表6はトランプ氏の主だった政策をそれぞれまとめたものです。
ハリス氏は庶民重視の施策を公表していますが、基本的にはこれまでのバイデン政権の流れを受け継いでいます。
ただ、そうした中にも、候補の若返りをアピールする独自色も見せていると言えるでしょう。
10日夜(日本時間11日昼)に行われたハリス氏対トランプ氏のテレビ討論会においても、「私は中間層の家庭に育った。この壇上にいて、米国の中間層や労働者を引き上げる計画を持っているのは私だけだ」と強調しました。
一方のトランプ氏ですが、図表6にもあるように、高い関税、移民の制限といった、これまでのバイデン政権とは異なる政策を掲げています。
仮にトランプ氏が大統領となった場合、日本及び、世界に与える影響はより大きなものとなるでしょう。
保護主義的な動きは、米国内において再びインフレをもたらす恐れもあります。

5.終わりに

米国のシアトルから飛行機でほぼ1時間の距離を移動して着いたカナダのバンクーバーで、急に落ち着いた空気を感じたのは気のせいでしょうか?
今回は米国の大統領選挙について、旅の中で見聞きしたものを交えながら書きました。
筆者の感想も多分に入っていますことをご了承ください。

【筆者紹介】
宇野陽子:大手資産運用コンサルティング会社に入社後、企業年金や学校法人向けのコンサルティングに一貫して従事。2021年9月からはニッセイアセットマネジメントで同様の業務を担当。国際公認投資アナリスト。

・当資料で、筆者の紹介のある記事においては、掲載されている感想や評価はあくまでも筆者自身のものであり、ニッセイアセットマネジメントのものではありませんが、ニッセイアセットマネジメントと筆者との間でこれらの表示に係る情報等のやり取りを直接的又は間接的に行っているため、実質的にはニッセイアセットマネジメントの広告(「不当景品類及び不当表示防止法」におけるニッセイアセットマネジメントの表示)等に該当する場合がございますので、ご留意願います。

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